蜥蜴丸のチラシの裏公開処刑

どっかのネトゲにいる

自分語りイイイ


今までネトゲをやってきた中で、自分が必要とされるプレイをしだしたのは
REDSTONEの対人を始めた頃から、大将軍三国志伝を引退するまでの事だと思う


RSの対人のときは「死なない、死なせないように 十分な支援をギルドに回せるように」
大将軍のときは「味方や領地の盾となれるように 他の国の強い人に威圧が効くような戦力を」


多分こんなイメージでやってたと思う
この時ってもう、対戦中に心臓バクバクで画面の前で「ウッヒョーwww」とか言い出してるような
超ハイテンションで楽しかったんですよ。

なんでゲームごときで(つったらアレだけど)そんな楽しくなれたかといったら、

①自分がゲームの仕組みを理解するまでの準備時間が十分にあったから。
②ゲームを続ける中で勝ちたいという欲が高まっていったから。
③そのゲームの仕様が自分の能力にとって有利な条件だったから。

今浮かんできたのは、この3つ。
具体的にどういうことか書いてみます。



①自分がゲームの仕組みを理解するまでの準備時間が十分にあったから

これは、ゲームをプレイする上で理不尽さがなかったということ。
「こういうゲームなのか じゃあ次はこう対策しよう」 の積み重ねができるゲームだった。
対策に求められるものが、その時の自分の心を折らない。
例えばTOSがレベルが上がるたびに+16武器を求められる理不尽ゲームだったら、誰もやらないでしょうしね。




②ゲームを続ける中で勝ちたいという欲が高まっていったから。

これはもう説明するまでもないと思うがw
ゲームをやっていくうえで「このアイテム絶対欲しい」 「強くなりたい」と思ってくる。
その理由も人それぞれな所がある。
私の場合は・・・


自分より強い対戦相手の中で、気に食わない相手ってのがいるんですよね。

弱い人だけ安全なところから狙い、強い人から全力で逃げ、自分が食われる可能性が少しでもある場合は弱い人を食いにいかない。実力が拮抗してる相手との対戦もせず、ただただ雑魚狩りを繰り返すような人が嫌いだった。
戦術としては理にかなってるんだけど、相手が毎回固定の国取りゲームだったから

そういう雑魚狩り戦術に対するこちらの戦術はこうなる。
「弱い人を食おうとする行動を毎回してきた連中には、こちらで絶対勝てる人が積極的に食いに行く」

そのために、自分が強くなる必要があったし、
「あの国の上位にはチャットのうるさい対人狂のキチガイがいる(私のこと)」
って風に思われとけば誰も喧嘩を売ってこなくなる。みたいな算段があったんだと思うよ。
なんかその時はいくら暴言を吐かれても全く動じてなかったなぁ。

「絶対にこいつの思い通りにはさせねぇ!」という強い気持ちがあった。
もはや嫌がらせ。相手の目論見をこちらで崩せた時は気分が良かった。
文句ばっか口で言うことには、楽しさなんて感じない。
私の作戦が上手くいった時、相手からしたら何もさせてもらえないわけで、私はすごく嫌われます。
嫌われてる事が楽しいわけじゃないけど、ああ今やりたいことやってる!!って状況になってハイテンションでした。

そして、今なら思う
これって別に「必要とされることが楽しかった」わけじゃねぇな、って




③そのゲームの仕様が自分の能力にとって有利な条件だったから。

RSの対人なら、私はウィザードをやっていたんだけど
ヘイ霧水壁、は必須だったし、アスヒという史上最強回復スキルがあり、
この回復魔法を4フレで受けたらHPが常に全回復し、相手はこれにひれ伏すしかない。

私はウィザードをずっとやっていてメインキャラだったし、一番好きなスキルはメテオでもヘイストでもなくアスヒだった。
それが十分に活かせるRSのGV戦。楽しくないわけないよね
ネクロの蟻地獄は嫌いでした。その当時霊術はいなかった。



大将軍だったら、その当時私は全体の状況を把握して回るということが得意だったので

「ここ落としたら次ここ、こっち側の入口から攻めよう 途中でみんなが資源を取りにいくからその間に他をとっておいて敵が取り返すまでの時間稼ぎにしよう この人は令がないから遠くまでいけないから近いところを削れるように残しておこう」
「今日は自国の人数多すぎるから相手を滅ぼさないようにおとなしくしてよう」
「うちの国ナメられてるから1時間対人粘着して追い返そう 領地は味方が拡張していくし」

みたいな。敵だけじゃなく味方の分析wまでして自分の動きを決めてた。
かゆいところに手が届くプレイヤーをしてた。でも上手くいかないときもあったけどね。

大将軍をサービス終了半年前にやめたのは、自国が抜きんでて強くなりすぎて、私の出番がなくなったからだと思う。





それで、この楽しめた3つの要因は、
今私がやってるゲームには1つも感じてないと思う。
きっと私にとって必要なものはもうゲームの中にはないんだろう。


冒頭で「自分が必要とされるプレイングを今までしてきた」といった風に書いたけど
よく考えたら、必要とされる喜びなんて多分今まで感じたことはない。
自分で試したいこと、続けたいことがまずあって、それを達成できたら楽しいだろうなという中に
他人の存在があったと、それだけの事だったと思う


だから今、TOSで火力や支援力を頼りにされていても
正直楽しくも嬉しくもなくなっていたんだよね

今まで感じていた他人の評価に対する自分の感情は、
「wiwzさんすげぇ」 と言われたときに
「知ってる!すごいだろ!バーカ」って思ってただけで、
頼りになると感じてもらうことに喜びや価値を見出してたわけじゃないんだ、と今になってわかりました。

私がゲームで働き者だからって他の人が私にすべてを任せるようになってくると、腹が立って引退したりもした。
なんでも屋をやって人に認められたいわけじゃなく、
今ある状況の中で自分が最善の動きをすることが好きだったんだ。
その過程で自分の行動が相手のプレイスタイルに影響することは好きじゃなかった。
だってそれって人任せにするような人間を私が作ってるってことじゃないか


結局自分に自分を認めてもらうこと以上に楽しくて充実することは他にないんですよ。
ああ、今はそれを見つけたい。なんかしらんけどそう思う。
長文書き連ねたけど結局はそんなシンプルな答えだった。

レッドストーンの思い出(2) 当時のメインキャラ


正直、REDSTONEで昔どんなキャラを作ったのかほとんど思い出せません。
昔は1鯖につき4キャラしか作成できず、かつ複アカが規約で禁止されていたため、
キャラを作っては消したり、他の鯖に作ったりしていたからです。
複アカ禁止の規約は、確か2010年あたりまであったのかな?
運営も禁止のメリットがないと判断したのかいつからかなくなりましたね。
まぁそのほうが課金アイテム売れるし。


TOSは30キャラも作れるからその点は快適です。
確か韓国のアプデで40キャラまで作れるようになりましたねー


まぁそんなRSでも、いつ頃どのキャラをメインに活動していたかという部分は結構覚えてたりします
第1回目の記事でも書いたけど、昔はレベル上げ嫌いだったので
活動年数に比べてキャラのレベルがひどいことになってたんですけどね。

read moreから本文です